【終章】

to begin


 俺の中に残る、一番古い記憶。その中で俺は、炎のただ中に居た。
「……ホントに、俺は誰なんだか。それは俺が一番知りたいことだよ」
 見慣れない無機質な壁。所狭しと並べられた、電源の入っていない無数のモニターたち。それと水浸しの床と、降り注ぐスプリンクラーの水、あと何に使うかも分からない不気味な機械。
 きっとあそこで、何かの実験を行っていたのだろう。何かは知らないけど。とにかく俺はそんな感じの部屋の中に居て、更にあの部屋は火事の真っ最中だった。

 来い、ルートヴィッヒ。

 あのとき誰かが、そう俺の名前を呼んでいた気がする。でも、それが誰かは未だに思い出せることは無かった。
「でも、今の俺がカイザーの息子のルートヴィッヒであることには間違いない。本当の親が誰かは思い出せないけど、でも今の俺はカイザーの息子だ。カイザーのお陰でハイスクールに通えてたわけだし、今もこうして大学に通えてるのも、カイザーのお陰。だから俺は恩返ししなきゃって思ってるんだ」
「へぇ、恩返し。どんな?」
「だいたい、ジェンキンズと同じだよ。バリッバリ勉強して、技士になるんだ。それでカイザーの研究所に勤める。そうすりゃ少しは恩返しできるかなってさ」
 でも、それは昔の話だ。忘れてしまった昔のことをいつまでも引きずっていても、前には進めない。今はそう割り切って、俺は日々を過ごしている。
 今の俺は大学生だ。
 ここ、空を往く方舟こと空中要塞アルストグランでアバロセレン技士になるべく、日々勉学と友達付き合いに追われている。そしてさっきジェンキンズと呼んだ赤毛の雀斑野郎は友人の一人、ハロルド・ジェンキンズ。同じくアバロセレン技士を目指す、数少ない同志だ。
「カイザー・ブルーメ研究所ねぇ……。俺はアルフレッド研究所のほうが魅力的かな」
「えー、どうして?」
「だって、かの大天才ペルモンド・バルロッツィ教授のラボだぜ? カイザー・ブルーメ研究所よりも、俺はそっちにいきたいと思うな。設備も常に最新鋭のものが揃ってるって聞くし。まあ大条件として、所長でもある教授のお眼鏡に適う技士にならなくちゃならないんだけど」
 ジェンキンズはうーんと伸びをする。あくびもした。
 アルフレッド研究所。それはアルストグランの中ではまだまだ歴史は浅い研究所でありながらも、多大なる功績を残している研究所だ。
 あそこはアバロセレン工学の最先端を常に行っているところと言っても過言じゃない。それは所長であり、同時にアバロセレンを人類で初めて発見した人である、ペルモンド・バルロッツィ技士官僚の影響によるところが大きくはあるけれども、そこの所員もそれぞれ凄い功績を残している。
 そしてそのペルモンド・バルロッツィ高位技士官僚は、この大学でアバロセレン工学の教鞭をとるペルモンド教授でもあった。
「……あ、ヤバイよジェンキンズ! あと三分で講義が始まっちゃう!!」
「うおわぉっ、マジか! 急ごうぜ、ルートヴィッヒ。教授の百発百中のリングバインダー投げだけは喰らいたくないッ!」
 俺はルートヴィッヒ。カイザー・ブルーメの息子の一人だ。
 地球という名のこの惑星の空に浮かぶ方舟、空中要塞アルストグランに暮らす技士の卵で、今日も勉学に勤しんでいる。
「言われなくとも急ぐってば!!」
 講堂に向かって走り出したジェンキンズの背中を、俺は走って追いかける。何故か早いこの脚と、無駄にある体力だけが俺の自慢でもあった。
「あっ、ルートヴィッヒ! 抜かしやがって、ちくしょー!」
「悔しかったら追い抜いてみなよ、ジェンキンズ!」
 これが当たり前で、いままでずっと続いて来て、きっとこれからもずっと続いて。

 そうであると、思っていた。
 そうであると、願っていた。
 そうであると、夢見ていた。

 そうじゃなかったと俺が知ることになるのは、それはまた別の物語で語ることにしよう。




Fin......?