【断章 東雲に鳴く鷹】

断章 東雲に鳴く鷹


「なぁ、イェガン」
「なんでしょうか」
「……お前は、会戦についてどう思う」
 時刻は夜明けも近い東雲しののめ。どこか冷たく乾いた風が頬を撫でる中、少しだけ顔を出した陽の光を受け赤く染まる砂漠に、ヌアザンとイェガンの二人は立っていた。まだ夜の名残が抜けぬ空の下には、敵陣営、赤い天幕が遠く彼方に見渡せる。豆粒ほどの大きさの赤い兵士たちが、こちらを偵察しているのも見えていた。
 会戦は明ノ三刻サ・ゼクテ丁度。今はまだ、明ノ刻ゼクテと二〇ダル(午前四時二〇分)。時間はまだ、残されていた。
「どう思う、と言われましても……。シャグライとしては、この戦に一切関わらないとしている以上、あまり口を出すのは」
「シャグライとか、そんな立場はどうでもいい。イェガン、お前個人の意見を聞かせてくれ。この会戦、どんな意味があると思う」
 ヌアザンは額の当て布を結び直しながら、赤い陣営を睨む。額の布は、山の麓に残してきた彼の家族が最後に渡したもの。彼の娘が織ってくれた、大事な紫色の布きれだった。
「俺は正直、大した意味のあるものではないと思ってるんだ。山ノ民サラニンを潰すとか、そんなことですらもない。もっと下らない理由だと」
「下らない理由?」
「ああ。例えば……――親の気を引きたい、とかな」
 先程、ウィクの背に乗り駆け付けたクルスムが、また新たな情報をいくつか運んできた。
 まず、シエングランゲラ《光帝シサカ》代理兼師団長が、神国軍から追放されたこと。それは騎士団長である女傑リノス・ベント・フェルデが決定したことだ。
 そして次に、シエングランゲラ追放が決定したその直後、リノスから騎士団長という肩書が剥奪された。代わりに、騎士団長にはシエングランゲラが就いたのだという。だがそれと同時に彼女からは、《光帝シサカ》代理という肩書が消滅した。それは《光帝シサカ》が、シェリアラからイゼルナに移り変わったからだということらしい。そして騎士団長にはまた、リノスが任命された。
 これら一連の流れが、一晩のうちに起こったという。
「さっきクルスムが、とんでもねぇ情報を持ってきただろ。騎士団長がころころ変わって、《光帝シサカ》も変わったってな」
「ええ」
「でもよ、その一連の流れに“信念”みたいなものが感じられないと思わないか? 全ての騒動の中心に居るのはシエングランゲラだが、《光帝シサカ》代理にしても会戦にしても、理由が取って付けたようなものじゃないか」
「そうですね。違和感はありました」
「だろ? それにシエングランゲラといえば、父親であるシルスウォッド卿にあまり良く思われてないって有名だったろ。父親が娘を避けてるってな」
 シエングランゲラ。彼女は哀れな姫だった。
 誰の胎から生まれてきたのかも分からず、父親からは敬遠され、宮中の誰もが彼女のことを避けていた。彼女の従者として配属された二人の兄妹と、何も知らぬシェリアラを除いては。
「だから、結局は親父に構ってもらいたいだけなんじゃないのかって、俺は考えてる。シエングランゲラが起こした全ての騒動によって一番被害を被るのは誰かと考えたときに、それは政ノ大臣シルスウォッド卿なんじゃないのかって」
「……そしてその自分の行動を正当化するために、理由が必要だった。それが」
「《光帝シサカ》代理になったのは、親愛なる従姉あねシェリアラの傍に居るため。会戦をする理由は、反乱分子となり得る山ノ民サラニンを潰すため」
「そうして騒動を起こせば、シルスウォッド卿の気を引ける」
 そういうことだったのですか、と納得したのはイェガン。シルスウォッド卿の動き次第では、血が流れることなく停戦を申し出れるかもしれない、という絵空事がふと頭に過る。けれどもそんなイェガンの横、ヌアザンは腑に落ちぬという表情を浮かべていた。
「……だが、なんかまだ裏があるような気がするんだ」
「シエングランゲラよりも更に裏があると?」
「いや、シエングランゲラとは全く別物だ。それこそクルスムが、怪しい」
「クルスム? 彼女は中立を貫くと言っていたじゃないですか」
「中立だからこそ、怪しい。あまり友人を疑いたくはねぇが……――アイツの裏には、確実に何かがある」
 《神託ノ地ヴァルチケィア》の砂漠を取り囲むように聳え立つ崖の上、そこから下界を見下ろすクルスムとウィクの姿が見える。ヌアザンは静かに、その二人を睨んだのだった。