【断章 贖いの水龍、罪を繕う】

断章 贖いの水龍、罪を繕う


「……シルス」
 政務室。そこで〈大神術師アル・シャ・ガ〉から差し出された文を読んでいる振りをしているシルスウォッドに対し、物陰から現れたパヴァルは声を掛ける。翳が差したその顔に、飄々とした表向きの姿は見当たらなかった。
「……」
「良かったのか、リストリアンスを牢屋にぶち込んで」
「ああ」
 パヴァルのほうに振り返ることもなく、シルスウォッドは短く返答をする。感情の籠っていない、冷淡な声だった。
「全て吹っ切ったのか?」
「その通りだ」
「……そうか」
 不気味なほど、シルスウォッドの声には感情が籠ってない。それが何を示しているのか、パヴァルには分かった。また下手糞な演技をしやがって、と小さく舌打ちをする。
「そういえば、だ」
 ……ならば、少し揺さぶってやろう。
 パヴァルは蒼い目で、シルスウォッドの背をじっと見据えた。
「あのとき、お前に頼まれて俺が外に連れ出したガキが居たろ。テレーザ、レーニン。まあ、お前の実の子供たちだから、忘れるわけもないだろうがな」
 シルスウォッドが一瞬、拳を握り締めた。「……それが、どうした」
「あの後は長いこと、音信普通だったんだわ。風の噂で孤児院に預けられたってのは聞いたんだが、どうやらお前の親戚連中は誰一人として引き取ろうとはしなかったらしいぜ」
「……何が言いたいんだ」
「それがな、ある日突然、テレーザのほうから俺の許に顔を出してきたんだ。俺の助手にしてくれ、ってな。そしたら今度はレーニンの野郎が出てきて、俺の娘を嫁に貰っていきやがって」
「……」
「暫くは、平穏だった。まあ、後に全部をぶっ壊されたわけだがな。……その原因を作ったのも、俺だったんだが」
 依然として振り向かないシルスウォッドだったが、彼が動揺していることくらい、パヴァルは分かっていた。「なぁ、お前は」
「……なんだ」
「自分の息子と、一度は真面目に話したいとは思わないのか。テレーザは生憎ここには居ないようだが、レーニンは確かに存在するぞ。まあ、シエングランゲラやリストリアンスなどというまやかしに惑わされてたお前が、把握してるとは到底思えんが」
「お前は、どうなんだ。自分の娘と」
「嫌というほど、顔を合わせてるさ。俺は、な」
 だが、娘がそれを認識しているかどうか、それは知らない。きっと相手も、分かってなどいないだろう。
 けれども、今はそれでいい。それで、上手くいっているのだから。
 そう自分に言い聞かせるように念じながら、シルスウォッドに向かってにやりとパヴァルは笑って見せる。
「お前は、アイツらがヨチヨチ歩きの頃しか見てないからな。レーニンが誰かも判別も付かないだろう? だが俺は、知っている。お前は、知りたくはないのか」
「……今更、それを知ったところで、私に何があるというのだ?」
 その時、初めてシルスウォッドが振り返る。酷い喪失感に苛まれているかのような、血の気のない顔だった。
「ああな、お前個人に得があるかどうかは、俺は知らん。……だが、この世界をぶっ潰す為には、俺たちと同じ、プログラム上のイレギュラーが必要になることは、お前も分かっているだろう」
「……だが」
「アバロセレン、それによる化学の暴走」
「……」
「ユンの成れの果てを、お前も見ただろう? あれこそが、俺たちが成し遂げてきた化学の偉業の果て、五賢人に成り上っちまったことで生まれた、化け物なんだ」
「どういうことだ」
「あの双子は、人の 胎はらから生まれ出た、純粋な人の子じゃない」
「まさか、お前……!」
「ああ。……その、まさかだ」
 その瞬間、全てを察し取ったシルスウォッドはただ目を見開き、息を呑んだ。
「なんてことをしたんだ、お前は……!」
「だからこそ、俺は全てにケリを付ける。これは贖罪であり、同時に復讐だ」
 お前は、どうするんだ。片方しかない蒼い目は、無言でそう訴えかける。
「パヴァ…………いや、ペルモンド」
「……」
「……最善は、尽くそう。だが、あまり期待はしてくれるな」
「流石はシルスウォッド博士。そう来ねぇとな」
 にたり。独眼の水龍は、狂気の笑みを浮かべた。