【第三章 紅の華、夜半に咲き誇る】

4 苛烈な女


「ねぇ起きてよ、起きて。……起きてってば、フリアちゃんっ!」
 肩を強く揺すぶられる感覚で、フリアは目が覚めた。
「……ふあ?」
 フリアが重い瞼を開けると目の前には、呆れ顔のリュンの顔があった。
「君のお父さんが本の虫だって言ってたってのは、パヴから聞いていたけど、まさか本当にそうだとは思ってもなかったよ……」
「父が、ですか?」
 フリアは体を起こしながら、まだ眠気の抜けないぼやけた視界を振り払うために目をこする。
「うん。だって君のお父さんって、あの鍛冶屋のシャンでしょ? うちで使ってる剣ってのは色々と特殊らしいからさ、彼ぐらいの腕がないと刃毀れを直せないらしくて。それでよく修理を頼んでるんだ。だから意外と、顔なじみだったりするんだよ。特にパヴとか」
「そ、そうだったんですか?」
「危なっかしい娘には仕事場に立ち入らないよう、きつく叱りつけてあるってのも知ってるんだ」
「……」
 あまり触れられたくはない、少しばかり恥ずかしいところを突かれ、少し俯き黙り込むフリア。ふと、その目に留まる数冊の古そうな本。

 そうか、私はここで、アルシャガ様という方についての文献を漁ってたんだっけか。
 でも、アルシャガ様に繋がりそうなことは何一つなくて。
 それで誰かと二人で、結局骨折り損だったかーって肩を落として……って。
 あれ……誰、だったっけ。

「……誰、だったかな」
「急にどうしたのよ、フリアちゃん。これ以上ベンを待たせたらアイツ、ムスッてしちゃうよ?」
「そうだ、ベンスさんだ」
「なにが?」
「あ、気にしないで下さい」

 そうだ、あの人だ。
 ベンスさんだ。

「なにボーッとしてるのよ、フリアちゃん。身支度してよ」
「どこかに出掛けでも、するんですか?」
 リュンは呆れ顔に刻み込まれた眉間の皺を更に濃く、深くさせながら、木戸で閉められた窓を指差す。
「外、見てみなよ」
 言われたとおりフリアは、木戸を開け、窓の外を見た。外に広がる景色、それは雲一つない真青な空。そして目を開けていられないほどに、ぎらぎらと地を照り付けている日の光。
「えっ?!」
「お昼だよ、お昼。君とベンが、この書斎に籠って何チグムも調べものした日から、日付が変わったの。だから、取り敢えず朝ごはん兼昼ごはん食べに行こ。ボクの踊りのお師匠さんが作ってくれるって言ってたから」
 ほら髪梳かして、などとリュンは幼子の身支度を代わりにしてやっている母親のように、口うるさくあれやこれやと指示を出す。それがとても、普段からやり慣れているかのようなものであることに、フリアは多少の違和感を感じつつも、リュンから渡された新品と思しき、青色が鮮やかな上下の衣服を身に纏い、髪を梳かして、ある程度の身支度を整えた。
「昨日の夕飯は二人して食べてないから、お腹が空き過ぎちゃってるんじゃないの?」
 自分の髪を結いなおしながら、リュンはフリアにそう訊ねる。
「今朝ベンと会ったときなんかアイツ、目の下に真っ黒い隈を作っててさ。今にも死にそうだって顔してたんだよ」
 ついでに腹減り過ぎて死にそうだって言ってた、と笑うリュン。それを聞きながらフリアは、その時初めて自分の胃が悲鳴を上げていることに気がついた。
「言われてみれば、たしかにお腹は空いてました」
「だろうねぇ」
「けど読むのが楽しくて、それすら忘れるというか、感じないというか。今はもう胃痛がするくらいに減ってるんですけどね」
 ははは、とフリアは苦い笑みを零す。するとリュンが何かを閃いたように、目に怪しい光を灯した。
「ふ〜ん」
「……なんですか?」
「へぇ、なんだかユン兄みたいだね。君、絶対凝り性でしょ?」
「凝り性とは、よく言われます」
「やっぱり?! だよねだよねだよね〜」
 興奮すると同じ単語を繰り返す、というのがリュンの癖らしい。
「それにフリアちゃんが着てきた服ってさ、物凄く鉄臭かったんだよ。洗っても洗っても落ちなくてさ、大変だったんだから」
「洗濯までしていただいてたんですか?!」
「うん、そうだけど? それがどうかしたの」
 なんでもないよ、という顔をするリュン。
「自分の服の洗濯くらいは言ってもらえればやりますので……」
「遠慮しなくていいよ、別に。ボクとユン兄で、アルダンの全部やってるからさ。あれくらいなんでもないよ。逆にまとめて洗っちゃうほうが楽だし。それに生臭ーい血がべっとり付いたのを洗えってのよりは、よっぽどマシだからさ」
 でも……とフリアは遠慮がちに口先では言いながら、心の中では思う。血の付いたのが云々と平然とした顔で言えるこの人たちの神経が、私の理解の範疇を超えている、と。
「まあそれはいいんだけど、取り敢えずユン兄の域までは行かないでね」
「ユンにぃ……?」
 名前に聞き覚えはあるが、顔が浮かび上がって来ない。「どなたでしたっけ、それ」
「シャグライのじと目だよ。長くてウザったい前髪で左目を隠してる、性別不詳な変なヤツ。多分男だけど。まあ見れば分かるよ、きっと」
 思い返してみる。
 〈獅子レオナディア〉。
「……あ、あの人ですか? あの、剣が盗まれたとか言ってた」
「そうそう、そいつ。ユインっていうの。思い出した?」
 はい、と頷くフリア。その人に関してもフリアは、やはり良い印象というものが無い。「それでそのユン兄の域、というのはどういうことなんですか」
「ユン兄に関しては、本当に病気なんじゃないのかっていうくらい、何かをし始めたら満足するものが得られるまでは、まず部屋から出てこないからね。酷いときなんか、一週間くらい飲まず食わずで引き籠るから」
「それって、生命の維持に関わってくるんじゃないんですか」
「ねー、それボクも思った」
「本当に生きてるんですか、その人。あの、私が見たのってもしかして幽霊とか、そんなんじゃないですよね」
「それはないよ、流石に。だって触れるもん。でも、胸を触ると怒るんだよね。キャッって声上げてさ、女の子みたいに。ホントに性別が分かんないの」
「よかった……」
 何が、よかった、なんだろう。
 自分の口から飛び出した言葉にフリアは、疑問符が過った。
「まあね。ボクもよく分かんないけど、アレは人間の域を超えて別の何かにでもなってるから、多分大丈夫だよ。不思議なことに、あれだけ引き籠ってても全然痩せもしないし、太りもしないし。薬のこととなると、特にそうだよ。ここの事務所の空き部屋を一室、完全に占領しちゃってさ。あ、寝泊まりする部屋とは別にだよ? で、二ヶ月間はその部屋に籠りっぱなし。二ヶ月後にようやく出てきたかと思えば、部屋中引き出しだらけになってたし、なんか草臭いの。そんで、引き出しの中を一つ一つ見ていくと」
「全部薬草の類だらけ、ということですか」
「そう、そうなの。見たこともないような形のもあったりとかして、もう気持ち悪かった。ゲテモノ好きのリッタもドン引きしてたくらいだもん。でもお陰で怪我したときとか、何かに 中ったときでも、ユン兄の薬ですぐ良くなるんだよ」
「そ、そう、なん、です……か」
 気持ちの悪い生温い汗が、フリアの掌を湿らす。
「確かにユン兄は色んな意味で凄いけど、やっぱりアレはどこか狂ってるから、あんな末路を辿らないように、最低限気を付けたほうがいいよ。フリアちゃん」
「……はい?」
 そうして少し話しこんでいると、外からベンスの声が聞こえてきた。「リュン!」と頻りに書斎に居るリュンの名を呼ぶその声は、少しばかり苛立ちの混じった抑揚のない声色だった。
「リュン、おい……リュン!」
「うるさいなぁ、ベン」
 名前を繰り返し呼ばれている当の本人は、うんざりとした表情を浮かべると、小さな声で本音を吐露する。けれどもそんな声ですら聞き取ったのか、窓の外からはベンスの反論が届いた。
「うるさいと思うなら、さっさと降りて来いよ! どれだけ待たせれば気が済むんだ、お前は!」
 そこですかさずリュンは窓の外へと身を乗り出し、下に居るベンスに舌を出す。更に、こう吐き捨てた。
「そんな面倒臭い性格してるから、いつまでたっても童貞なんだって、ラン兄に笑われるんでしょ。ファロンとかパヴとかに、馬鹿にされるんでしょ。ユン兄にお前には興味ないって、足蹴にされるんでしょ。ダンに、鼻で笑われるんでしょ。だから女の子に嫌われるんでしょ。だから優しいリッタしか相手にしてくれないんでしょ」
 ピタッと、それまで聞こえていたベンスの声が止む。そしてリュンは、フリアに同意を求めるのだった。
「ベンって、ああ見えて、気が短いんだよ。じーっとしてることに、耐えられないっていうかさ。動くこと、動くものにしか興味ないの。だから読み書きもまともに出来ない馬鹿なんだ」
「そうなんですか」
「たったの三十ダルぽっちも耐えられないんだよ? 男なんだからそれくらい待ってろよっていうのにさ」

 たったの三十ダル?
 いいや、三十ダルは十分長い時間だ。

「いいえ。三十ダルも待たされれば、普通は怒ると思いますよ。だったら急いだほうが」
「別に大丈夫だよ。姐さんが来いって言ってた時間までは、あと一チグム以上あるし。三十ダルの、更に二倍の時間はある」
 このままでは、〈神護ノ十剣トウィンガル・ラン・アルダン〉という変人たちの調子、主にリュンという青年の調子に引き込まれる。フリアは本能的にそれを感じ取った。そして、理性でそれを拒んだ。
「そういうのってやっぱり、早く行くべきなんじゃないんですか? 普通はっていいますか、最低限の礼儀と言いますか」
「姐さんって、早くに行き過ぎると怒るんだよね。流れてる時間が、凄くゆっくりなの」
「………」
「フリア、ちゃん?」
「…………」
「そんな怖い顔しないでよ」
「行きましょう、リュンさん」
「……そうだ、ね。うん」
 そういえばリシュは、どこに行ったのだろう。ふとリシュの存在を忘れていたことに気付いたフリアは、辺りをきょろきょろと見渡す。と、部屋の隅に置かれたふかふかの座布団の上で、うとうとと気持ち良さそうに眠る子狐リシュの姿が目に入った。リシュの手前には、空になっている白い皿が置いてある。ということは察するに、ご飯は既に貰っているのだろう。
「リシュ、ちょっと眠って待っててね」
 聞いてるか聞いていないかはさて措き。了解したと頷いたかのようにリシュの頭が、がくりと床に落ちたのだった。






「珍しい。いつも遅れてくる乱舞姫が、今日は随分と早く来たのね」
「偶には、ね」
「それにベンちゃんまで。久しぶりね」
「……はい、そう、ですね」
「それで……あなたは?」
「初めまして、私、フ……―――ッ」
「この子、ウチの新顔のフリアちゃんっていうの。あの鍛冶屋のシャンの娘さんで、〈炎ノ聖獣使いシラン・サーガ・レイ〉なんだよ」
「ど、どうも初めまして……フリア、です」
「へぇ、あのシャンの娘さんなのね。うちのパヴァルが、毎度あなたのお父さんに無理難題を出してばっかりで、本当にごめんなさいね」
 ふふふ、と笑った赤毛の女性。彼女はリュンの舞の師匠であり、同時にこの店の店主であるエレイヌだと名乗った。
「私はエレイヌよ。ここの酒場の主であり、おりゅんちゃんの踊りの師匠。それで私もアルダンっていう大家族のうちの一人みたいなものだから、困った時には気軽に声を掛けて頂戴ね」
「だーかーらー、おりゅんって言わないで下さいよー」
 エレイヌという女はフリアに取って、色の違う両の瞳がとても印象に残る人物だった。そして何より、胸元が大きく肌蹴た赤いドレス。ただでさえ豊満なその胸を、何の恥じらいもなく大胆に晒している。
 目のやり場に困るほど色気という色気が、凄まじい女性。こんな女性がアルダンの身内であるとは、ますます〈神護ノ十剣トウィンガル・ラン・アルダン〉という組織が分からなくなってくる。
「それで、おりゅんちゃん。なんで今日は、こんなに早く来たのかしら」
「え、だって姐さんお昼ご飯 奢おごってくれるって、一昨日言ってたじゃん」
「あら、そんなこと言ってたかしら?」
 リュンの言葉に対し、身に覚えがないと言わんばかりに首を傾げるエレイヌ。その耳元を彩る青緑の宝玉は、ゆらりと揺れる。そしてよく見てみるとその頬には、雀斑がぽつりぽつりとあるのが見えた。
「言ってましたって。もう、姐さん大丈夫? また寝てないんじゃないの」
「そうなのよ、寝てないの。面倒臭い昔馴染みの客が来たもんでね。ヤケ酒呷ってたかと思ったら、寝落ちしやがったのよ。結局帰ってったのは、お天道様が顔を出した頃よ?」
「たしかに面倒臭い客ですねー、それ」
「あー、もう。あの厄病神、ツケもまともに自分で返済してないっつーのに」
「姐さん」
「なに?」
「まさかとは思うけれど、昼間からお酒は入ってないよね」
「当り前よ」
「まあそんなのはいいんだけどさ、その昔馴染みの客って誰なの?」
「誰って、それはちょっと言えないかもねぇ」
 にやり、と紅い口元を不気味に歪めるエレイヌ。
「えー! 教えて下さいよー」
「嫌よ」
「姐さんだけ、もうずーるーいーでーすー!」
「うるさいわねぇ、言えないもんは言えないのよ」
「えー、そんなー」
「えー」
「うー」
 リュンが口をアヒルのように窄ませる。
「……まあ、そうねぇ。強いて言うのであれば、どうしようもない女ったらしって感じかしら。普段は気真面目という皮を被っているから、特段に厄介な奴なのよ」
「なんですかそれ、最低な奴じゃないですか! そんな奴と姐さん……大丈夫なんですか! 何かされたりとかしてないですか?!」
「ないわよ、ない。パヴァルにビビッてるような玉だから、私に手を出そうなんて馬鹿なことは考えてもないでしょうしね。それにアンタ、そんなにボロクソ言っちゃって大丈夫? 案外近くに居る人物かもしれないってのに」
「近く? ……ア、アルダンにそんな奴はいませんよ! それに、ありえそうなのはファロンぐらいでしかないから、別に大丈夫」
「私には、そうとは思えないけどね。ファロンちゃんは絶対にないと言い切れるわ。だって、ユン坊ちゃんにゾッコンだもの。……それにもしかすると、ベンちゃんかもしれないのよ?」
「ないないないない、絶対ナイ。だってベンには女の子一人すら吹っかけられる勇気ないもん。ほら今だって、姐さんを前に固まっちゃってるもん」

「黙れ、リュン」
「そうだったわねー。なんせベンちゃんは生粋のウブだから」
「……」
「あっははー、ウブだって、ウ・ブ。だから童貞卒業できないんだよ!」
「余計なお世話だ」
「なんでボクにだけ反論するの?!」
「……う、うるさいっ!!」
「なんだよ! なんでボクにだけキレるんだよ?!」
「アンタはベンちゃんの中では、まだまだ男っていう認識だってことよ。でしょ、ベンちゃん」
「……いや、あの、その」
「どっちなんだよ、ベン」
「……」
「そこがベンちゃんの可愛いところなんだけどね」
「…………っ!」
 リュンとエレイヌの会話には花が咲く。そして、それに巻き込まれるのは初心呼ばわりのベンス青年。ベンスはエレイヌやフリア、そしてリュンとも一切視線を合わそうとはしない。フリアは興味本位でベンスの前に回り込み顔色を窺おうとしたが、ベンスは更に視線を横へと逸らし、頑なにも目を合わせようとしなかった。けれどもその顔が、ほんのりと赤くなっていることにフリアは気が付く。そして少しおかしく感じた。 エレイヌを前にしどろもどろするベンスという青年の、あまりの初心さに。
「だってさ、ベン! 可愛い、だって!」
「もう……アンタもアンタで、ベンちゃんをからかい過ぎよ、おりゅん」
 揚げ足を取るように騒ぎ立てるリュンに対し、エレイヌは呆れたというような溜息を吐く。そして赤い長手袋をがめた手の細くしなやかな指先が、リュンの頭頂を掠った。リュンは反射的に頭を両腕で抱え、その場にしゃがみ込む。その姿はまるで、襲いかからんとする猛獣に対し、怯えて縮こまっている小動物のようだった。
「なによ。取って食おうだなんてしようとしてるわけじゃないんだから、そんなに恐がらなくても良いでしょうに」
「だって、姐さん怖いんだもん! ラン兄を尻に敷いちゃうんだよ?! 怖くないわけがないじゃん!」
「うるさいわね、アンタもランみたいに外に逆さにして吊るすわよ?」
「姐さんってラン兄の名前を言う時にいつも顔がちょっどだけ赤くなるよね」
「気の所為よ、きっと。……アンタね、本当に吊るすわよ? 麻紐なら裏部屋にいくらでもあるから」
「ごめんなさいごめんなさい、ホントごめんなさい。それだけはやめて下さいよ姐さん」
 エレイヌに対し、ぺこぺこと何度も何度も頭を繰り返しげるリュン。けれどもそれも、エレイヌの「もういいわよ」の一言で終わりを告げる。そしてお得意の切り替えの早さで、リュンは話題をコロっと変えるのだった。
「それで姐さん、お昼ご飯の件については結局どうなの?」
「ああ、それね」
「姐さん、まず料理できるの?」
「バッカね。私はこれでも独り身よ。最低限の料理くらいは出来るわ。山羊だって捌けるもの。けどね」
「作るのが面倒臭いからどっか言って買い食いしてこい、でしょ?」
「その通り」
 エレイヌは徐に財布を取り出すと、そこから一ガレティグ紙幣を一枚取る。そして無言でリュンの左手に、それを握らせた。
「え、こんなにいいんですか、姐さん」
 どケチの姐さんにしては太っ腹ですね、ともリュンは付け足す。
「だって、三人なんでしょ? そんだけあれば、屋台とかでそれなりに食べれると思うわ」
「いや、でも流石にそれは……」
 ベンスは気まずそうに眉根を上げる。「それくらいならうちの経費で落とせますし」
「いいの。後で経理担当のユン坊ちゃんに請求しとくから」
 あははー、やっぱり姐さんお金に関しては細かいねぇ。そう無邪気に笑うのはリュン。そんなリュンの頭を後ろから平手で勢いよく叩き、エレイヌに向かい、再び頭を深く下げさせるのはベンス。フリアもなんとなくで、一緒に頭を軽く下げた。
「すみません、本当にありがとうございます」
「ベンちゃんったら固いわねぇ、もう。いいのよ、コレくらい。さっきも言ったでしょ? あとでちゃーんと〈神護ノ十剣トウィンガル・ラン・アルダン〉のほうに請求させてもらうからって。気にしないで、さっさとお腹を満たしてきなさいなって。それとも劇薬も同然の、私の手料理を食べたいの?」
「姐さんの料理って劇薬なの?」
「ええ。昔、ヴィッデからはそう言われたわ、香辛料がキツすぎるってね。現にラントは食べてぶっ倒れたし、ダンちゃんなんかちょっと舐めただけで涙目になってたかしら。ケリスさんからは食べる前に拒否されたわ。……でも私、パヴァルに教えられた通りに作ったはずだったんだけど」
「パヴのもともとのヤツが劇薬だったんじゃないの?」
「そんなことないわ、パヴァルが大昔に作ってくれた時のは美味しかったんだから。普段はマズイしか言わない隊商の男たちも、パヴァルの料理だけはうまいって言ってたんですもの。ヴィッデだってそうよ、美味しそうに食べてたわ。けど」
「要するに、料理の才能が姐さんには無かったと」
「そう。お前は二度と台所に立つなって、ラントがぶっ倒れた時にパヴァルに怒られちゃったのよねー」
「へぇ。というかあのオッサン、料理出来たんですね。いっつも買い食いと外食バッカしてるから、そういうの出来ない人だと思ってたけど」
「それより。ほら、お邪魔虫は行った行った!」
 エレイヌは半ば強引におっ立てるようにして、店から三人を追い出す。
「……さて、まだ開店まで時間はあるし、仮眠くらいは取っとこうかしら」
 そしてブーツのヒールをコツ、コツと鳴らしながら、エレイヌは店の二階にある自室へと向かったのだった。?