【第二章 放蕩の燕、獅子を追う】

3 龍神カリス


 スザンが王宮の外に連れ出された、その翌日の昼間のことだった。
「よぉ、スザン。昨日はよくも俺を無視してくれたな」
 バンッ!と豪快に蹴破られた〈神護ノ十剣トウィンガル・ラン・アルダン〉事務所の大扉。その音に驚いたシクは、あっという間にスザンの傍から姿を消す。そうして、そろそろ不気味にも思えてきた、相変わらずのニヤニヤとした嫌な笑顔で現れたのは、眼帯の男〈聖水カリス〉パヴァル・セルダッド。と、彼に纏わりつくかのように宙に漂う水の玉。なんだこりゃ、とスザンは水の玉を凝視する。するとその時、スザンの目の前には大きな爬虫類の頭のようなものが現れたのだった。
 突然のことに驚くスザン。そんなスザンの横に座っていたリュンとディダンの二人は「うわー、出たー」とうんざりとした声を上げる。よく見るとその水の玉は、龍の姿を成していたのだった。
「なんですか、それ!」
「コイツか? 俺の相棒、龍神カリスだ」
「龍神、ですか?」
「そうだ。これでも神なんだよ。神話だけの存在である五大女神さまとは、少々ワケが違うがな」
 龍神、と呼ばれたその頭から覗いている二つの目。それはとても奇妙だった。左目は黄色をしているのに、右目はパヴァルの目の虹彩によく似た蒼をしている。そんな色の異なる二つの瞳は、スザンを舐めまわすかのように足先から頭頂までを見ていた。すると水の龍神は口を開け、獲物に飛び付かんとしている蛇のような、シャァー……ッという掠れた音を立てた。
「ヒェッ?!」
「これくらいで驚くな。ただの挨拶だろうに」
「どこがですか!? 蛇の威嚇じゃないですかコレ?!」
「蛇じゃぁないぞ。曲がりなりにも龍だ」
「似たようなもんでしょうに!!」
 先が二つに分かれた細い舌のようなものが、龍神の開けられた口から出ては引っ込んで、また出ては引っ込んで……を繰り返す。
 怖い。どうしよう。
「その様子だと、またド派手にやったのか?」
 階段を下りてきたユインはパヴァルを見ると、いかにも不満タラタラな声色でそう言う。対してパヴァルは上げた左手を顔の前で横に振る。龍神カリスも頭を左右に振った。「いいや」
「独眼の水龍サマは嘘が達者だから、信用ならないね。第一、アンタの“ちょっと”は凡人にとっての“ド派手”なんだ。だから」
「本当に、それほどでもねぇよ。バカにつるまれちまっただけだ。器物は損壊していないぞ」
「……それで。バカってのは、どんなバカだった?」
「覚悟なしに俺に刃を向けてくるようなバカだな」
「……それは、たしかに大バカだ。けど……――」
「まっ、そんなバカ共に更生の意味も兼ねて、ちょーっとばっかしキツめのお仕置きしてやっただけだぜ。なぁ、カリス?」
 龍神カリスの頭は、今度は縦に振られた。その通りだ、とでも言っているかのように。当然、パヴァルと竜神のそんなふざけたやりとりに、ユインは怒りを露わにした。
「だーから、おめーの“ちょっと”は全然ちょっとじゃねぇっつってンだよ! それに、その蛇を出してる時点で、割とガチでやり合ったっつーことだろ? あのさ、ここはサラネムみたいな山奥とかでも、だだっ広い《神託ノ地ヴァルチケィア》の大砂漠でもねぇんだ。人さまが所狭しと住まう王都、それも城下町シャンリアレだぞ?!」
「ドンパチやったのは繁華街カレッサゴッレンだ」
「どっちだっていいさ、とにかく王都で何してくれてんの!? あとで賠償だーなんだと座のジジィとかババァに責められんのは、武ノ大臣じゃなくアルダンの経理担当である俺なんですけど?! そこらへん、アンタのその頭があれば当然分かってるはずだよなァッ?!」
「ああな。だが、責めるなら俺の管轄下で悪さをするバカを責めろ。んで、それよりだ。カリスは蛇じゃあねぇぞ」
「どっからどうみたって蛇だろ、ヘビ! とにかくそいつを消せ! 俺は蛇が大っ嫌いなんだ!」
「へぇ。〈獅子レオナディア〉は蛇が大嫌い、か。」
「うるせぇ! とにかく醜いそいつを、とっとと消せよ!」
「リスタは、カリスを可愛いと言っていたんだがなぁ」
「リスタの趣向がちょっとおかしいことくらい、アンタだって知ってんだろ!? 剣〈不死鳥レイゾルナ〉の柄に彫られたあの不気味な鳥を可愛いって愛でてるんだ、頭のネジが数本ぶっ飛んでるとしか思えねぇよ!」
 ユイン自身は堂々たる獅子というより、卑怯で姑息な蛇みたいな性格してるくせに。などと心の中で突っ込むのはスザン。リュンとディダンの二人も、パヴァルとユインの口論に呆れているかのような溜息を吐いている。ディダンについては、少しだけムッとしているようにも見えていた。
「お前は蛇じゃねぇもんな、龍だもんなぁ?」
 言葉が通じてるのかどうかはパヴァルにしか分からないが、龍神カリスの頭は縦に振られる。
「どうするか、こいつ」
 パヴァルの悪意に満ちた視線は、ユインへと注がれた。
「いや、ちょ、待てよパヴァル」
 再び龍神カリスが口を大きく開け、シャァーシャァーッと音を立て始める。
「臨戦態勢か」
 悪びれることなく、あくまで面白おかしいといった感じで見物するパヴァルは、あの嫌な笑顔でそう言う。龍神カリスは更に口を大きく開き、シャーシャーッと音を立てるのだった。
「……え、なに。なんなんですか、これ」
 わけが分からず、混乱するスザン。ユインに対して威嚇をする龍神と、それに対して身構えるユイン。なんとなくだが、一騎打ちの試合をする前の騎士たちのようなピリピリとした緊張感がそこにはある。
 一体、これから何が起きようというのか。スザンは黙って様子を見届けようと、というよりも椅子に座ったままポケーっとしていると、リュンがそんなスザンの腕を掴み、引っ張ったのだった。
「なにボーッとしてんの、スザンくん。一旦外に出るよ」
 リュンに腕を引っ張られ、一旦事務所の外に連れ出されるスザン。ディダンもそれに続き、そそくさと外に出ていた。
「ど、どうして外に?」
 首を傾げるスザン。頭の中に思い浮かんだ疑問は、一度理由を考えてみるという隙も与えぬうちに口から零れ出ていく。するとディダンはスザンを蔑むような目でキッと睨み、呆れたという面持ちでこう吐き捨てた。「君さ、バカなの?」
「……へ?」
「水の龍と、雷の獅子。その二つがぶつかったら何が起きるかなんて、誰でも予想できるでしょ」
「……」
「だから! 水溜まりにデッカイ雷が落ちたら、その水溜まりに片足突っ込んでた人間はどうなる!!」
「あ、えっと……」
 混乱しすぎているのか、それとも元がダメなのか。スザンの頭は一向に働かない。そんなスザンを見兼ねたディダンは、返答を待つまでもなく答えを教えるのだった。
「感電死するに決まってんだろ!?」
「か、感電死?!」
 盛大な溜息を吐くディダンとリュン。その時にスザンは、歳下の子供たちが明らかに自分を見下しているということを自覚した。
「そ、そうだね。言われてみればたしかに、感電しちゃう……」
「気付くの遅いよ!」
「きっとボクが声をかけなかったら、スザンくんは今頃死んでたね」
 と、そのとき。スザンの視界の隅で影が動く。物陰からシクが、顔を出したのだ。
 ……何処に行ってたんだよ、シク!
「……危機管理能力が足りないんだ、僕には……」
「よくそれで、アルヴィヌの中でも特段に劣悪な東アルヴィヌの町を生き抜けたよね」
「本当に、その通りだよ」
 スザンがあまりの不甲斐無さから溜息を吐く。その直後、事務所の中からは甲高い女性の悲鳴が聞こえてきた。それに続いて、バチッ!という心ノ臓にとても悪いような音も鳴る。スザンの目には、薄らと涙が浮かんだ。
「な、なんですか?! 中に女性なんて、居ましたか?!」
 取り乱すスザン。けれどもそんな彼を余所に、リュンとディダンは視線を合わせ、そして頷く。
「ユン兄だね」
「あれは間違いなく、ユンだ」
「え? じと目さん、女性だったんですか?」
 首を傾げるスザン。するとリュンは眉を顰め、なんともいえない表情を浮かべる。
「分かんない。けどユン兄は男の子だって、ラン兄も姐さんも言ってた。多分、ではあるんだけど」
 多分、が非常に意味深だ。続けてディダンも、皮肉を重ねる。
「偶に性別がどっちだか分かんなくなるんだよ、アイツ。大きな蛇とかが王宮の裏山から出てくると、女みたいにキャーって叫ぶし。でも多分、ありゃ男だよ。現にリュンだって、男だし」
「ボクは、男好きのユン兄とは違うもん。一緒にしないでよ。ファルロンの部屋に入り浸ったったりしないし、リッタにちょっかい出したりもしないから」
「……え? それって、どういう……?」
「でもさ、ファロンも本当に災難だよね。あんな変なのに好かれても嬉しくないじゃん、普通は」
「でもあの馬鹿犬も、特に咎めてはいないだろ。まんざらでもないってトコなんじゃ?」
「うげっ。なんか今のダンの言葉で、ファロンに近寄りたくなくなった」
「そういやユン、この間は風呂上がりのローブ姿のまま、パヴァルに後ろから抱きついて返り討ちにあってたしね。背負い投げからの顎に一発で、舌噛んだ上に鼻血出たんだってさ」
「えっ。じゃあ、この間のユン兄鼻血事件って、そういうことだったの? というかパヴにまで手を出すとか、趣味が悪いとしか言えないよ……」
「それについては、全くの同意見。リスタに手を出そうとしたかと思えば、あんな不精髭のクソジジィにも襲い掛かるとは。あいつの趣味がサッパリ分からないよ」
「まあでも、ユン兄もイタズラが過ぎるよね。変なとこ、子供っぽいし」
「多分、遊び半分の悪戯のつもりで仕掛けたわけじゃないと思うけど」
「ダン。それ以上はやめて。もうユン兄の顔を見たくなくなる」
「……分かったよ」
 するとまた再び、轟音が鳴り響く。先程よりも遥かに大きい音で、雷が落ちたかのような音だ。スザンは堪らず耳を塞ぎ、瞼も塞ぐ。けれどもこんな天変地異の光景を目の当たりにすることには慣れているのか、リュンとディダンの二人は脳天気な会話をし続けていた。
「あらら、ユン兄もド派手に噛ましてるよ」
「ほんと、嫌になるよ。またケリスのクソジジィが不機嫌になるじゃないか……」
「ダンってさ」
「なんだよ」
「本当に、キャスのこと嫌いだよね」
「そうだよ。……あの無能野郎め、一体誰のおかげで今の地位があると思ってやがるんだよ……!」
「うわー、ダンまでもがパヴみたいなこと言ってるー。うわー、うわー」
「……」
 暫くするとその轟音も収まり、スザンはほっと胸をなでおろす。そしてスザンが気付いた時には既に、物陰からこちらを覗いていたシクの頭が見当たらなくなっていた。どうやらまた、行方をくらましたようだ。
 と、そんな油断しきっていたスザンの脇腹を、ディダンが肘で小突く。クリッとした大きな目は、明らかにスザンを馬鹿にしていた。
「なに安心してんだよ、スザン。本題は、これからだよ」
 ディダンのキツイ一撃が、スザンの胸に突き刺さる。

 これは、完全に馬鹿にされてる感じ……だよね。
 というか僕が多分バカなんだよね。
 うん………。

「いつもみたいに、水が全部蒸発してくれてればいいけど、万が一の場合は」
「ヴィッデかキャスから、連帯責任としてボクらも、アイツらと一緒にお説教でしょ?」
「お説教だけで済むならマシだよ」
「……嫌なこと言わないでよ、ダーンー」
「過去の経験から、推測を述べたまでだよ」
「いぃーやぁー! もうヤダー!!」
 二人のガキの会話を聞き流しながら、ふとスザンの頭の中を、疑問が過る。
「……というか、あんな物騒な音が鳴ったっていうのに……」
 王宮敷地内だというのに、その中を行き交う人々は、今の音をまるで気にしていないようだった。あれだけの轟音で、何故騒がないのか。城下町であったら今頃、大混乱が起こっているはずだ。
「あれだけの轟音が鳴っておきながら、なんでここの奴らは一切気にしないんだって、疑問に思ってるんだろ?」
 ひとり首を傾げるスザンを見て、ディダンは瞬時に疑問を察し取ったのだろう。ふふんっと胸を張り顎を上げると、スザンよりも身長も低く年齢も一回りは下であるはずの少年は、誇らしげな顔で事務所を指差し、こう言ってのけるのだった。
「だって、悪名高き〈神護ノ十剣トウィンガル・ラン・アルダン〉だよ? 何でもアリだから誰も何も気にしないし、それに誰も手も差し伸べてくれないってもんさ」
 頭大丈夫?と目を丸くするディダン。性格も可愛くないが、よく見てみると顔も可愛くない。どこまでも可愛くない少年だ。
「それに、王宮と外を隔てるあの大きな門から一歩外に出れば、もっとうるさいのは山ほどいるわけさ。だって目の前は、繁華街カレッサゴッレンなんだし。王宮に近い地域はそうでもないけど、繁華街の奥、風俗街シャレーイナグラのあたりじゃ刃傷沙汰もしょっちゅうさ。だから本当のことを言えば、君の連れだったっていうあの吟遊詩人が殺されたことだって、特別に珍しいことじゃないんだ」
 だからこそ犯人はそこを狙ったんだろうけど、ともディダンは言う。本当の年齢は幾つなんだ、とスザンはそのとき疑った。
「なんだよ、その顔」
「君って、幾つなの?」
「幾つってそりゃ、見れば分かるだろ」
「見て分からないから、聞いてるんだ」
「本当に頭、大丈夫? もしかしてユンに毒でも盛られた?」
 本当に、可愛くない。
「僕は十一だよ。見りゃ分かるでしょ」
 バカなのアホなの頭のネジ飛んでんの?!など、ディダンが履き続けるありとあらゆる罵詈雑言を聞き流しながしつつも肩を落とすスザン。その背後からは静かな怒りに満ちた、隻腕の女の声が聞こえていた。
「……ダンちゃん、それとおりゅんちゃん。中は一体どうなってるん?」
 スザンの後ろ。おぞましい笑顔を浮かべるヴィディアが、そこには居た。
「いや、あの、うん、その、えっと……」
 リュンは言葉を濁す。
「止めよう、とは思ってました」
 ディダンは言い訳をする。
 そんな二人は、母親に怒られる直前の子供のように固まっていた。
「思ってた、だけじゃダメやって、何回も言ってるでしょうが!」
 うっわ、めっちゃ怒られてやんの。
「スザンちゃん、あんたもこの中でも一番年上だってのに、一体何やってたんや!」
「あ、す、すみません……」
 やっぱり、スザンも巻き込まれた。スザンは少しだけ頭を下げながら、ちらりとディダンのほうを見やる。ほんの数秒前まではディダンもバツが悪そうに、しおらしくしていたというのに、今はこちらを子供らしからぬ嫌味ったらしい笑みを浮かべながら、馬鹿にするようにスザンを見ている。だが、そんなディダンの隣に立っているリュンは打って変わって、とてもしょげているように見えていた。「でもさ、ヴィッデ」
「なんや?」
 不貞腐れたように唇を尖らせながら、リュンはぼやく。
「あんなワケのわからない怪物を召喚するような奴ら二人を、動きが速いだけのボクと、悪知恵が豊富なだけのダンにどうやって止めろっていうのさ」
「悪知恵が豊富なだけって、おい。失礼じゃないか」
「でも、事実そうじゃん」
「これでもリュンより体力はあるさ」
「あのアルヴィヌの大盗賊、神速のリュンらしからぬ発言ねぇ」
 痛いところを突かれたのか、リュンは更に唇を尖らせる。
「それとこれとは、違うし。というかそれは過去の話だし」
 そうこうしている間にも、事務所からはシャーッ……シャァーッ……という蛇の威嚇と、ギャォーァ!という獅子の咆哮が、ぶつかり合っている。音は外の大気を小刻みに震わせ、大地すらも僅かに揺らしていた。
「あー、もう!」
 遂に痺れを切らしたヴィディア。彼女はスザンらに背を向けると、扉を乱暴に開ける。そして、怒鳴るのだった。
「ユンちゃん! 真っ昼間っからド派手にやりすぎやで! パヴ、あんさんは特に論外や!」
 スザンはそぉ……っとヴィディアの背後から中の様子を覗いてみる。中ではパヴァルが胡散臭い笑顔を浮かべ、偉そうに腕を組みながらも、ヴィディア一点を見つめたまま硬直している。そしてユインは床に尻もちをつき、ヴィディアを見つめたまま固まっていた。そんな二人の横で、互いに威嚇しあっている水の龍と稲光の獅子。なんともいえない、不思議で不気味で滑稽な光景が、そこにはあった。
 スザンは呟く。「なんなんだ、これは」と。自分も同類同然である存在であることは、今は棚に上げておいて。
「……」
 スザンはもう嫌になっていた。
 王宮から、いや王都から抜け出したかった。王都に来てからというものの、何一つ良いことが無いように思えて仕方がないのだ。それどころか、最低最悪の事態に見舞われてばかりだ。
 なんてツイてないんだろう。スザンは自身の呪われた運を恨む。僕なんて死んだほうがいいんじゃないのかとすら、思えてきていた。
「……まあ、荒れてへんだけマシちゅうもんや。そんでパヴ、あんたは今からキャスの許へ、急いで向かいなさい。朝の騒動の件で、怒り心頭だと伝達があったわよ」
「……面倒臭ぇなぁ、ったく。あれくらい大目に」
「早く行け! さっさと支度して出てけ、このあほんだら!」
「ハイハイ、行ってやるよ。……あの野郎、自分から出向けってんだ」
「あと、ユンちゃん」
「……?」
 何かを察したのか、ユインの紫色のじと目がカッと見開かれる。
「元婚約者さまが、離宮でお待ちよ」
「……ユンの、婚約者?」
「え、なにそれ。僕も初耳なんですけれども。というか元、ってどういうことよ。振ったの、振られたの、どっちよ?」
 リュンとディダンが、困惑と好奇心が入り混じった無邪気な笑顔を浮かべる。スザンは更に、困惑を通り越して混乱を起こしていた。けれども、一番取り乱していたのはユイン。額から冷たい汗を流し、色白の肌は真っ青へと変わっていた。
「婚約者だって? 知らないぞ、そんなの」
「彼女はそう言ってたんやけど」
「か、か、か、彼女ッ?!」
「そうや。彼女も忙しい中、時間を割いてくれてるんや。これ以上は待たせるわけにはいかないし、行くわよ。ほら」
「だから婚約者なんて……いや、待て、まさか」
「ロンディンや。ロンディン・ウェルザポ。付き合ってたんやろ?」
「ない。記憶にない、そんなこと」
「どういうことや?」
「俺の親が、勝手に結婚取り決めたんだ。で、俺はそれが嫌だったから、相手も親も兄弟とも接触拒否。叔父の家に逃げ込んでた。いや、その前からアイツの家に居たけど」
「……なんや複雑ねぇ。けどなぁ」
「だから、代わりに行ってくれないか。お前とは会えないって、伝えてくれよ」
「何を言ってんのよ、ユンちゃん。あんさんが行かな意味がないやろ」
 ヴィデイアとユインの、見苦しいやり取りはしばらく続く。
「あの感じを見る限り、絶対的にユン兄のほうから振ったっぽいよね」
「だろうね……」
 そのやり取りに終止符を打ったのは、ヴィディアの強行突破作戦であった。
「いいから、行くんや。これは上官からの命令、良い?」
「嫌だ。俺がアイツに殺される。いや、俺は死ねないけど」
「なら、強制的に連れて行くまでや」
「え、あ、いや、ちょっ、待てッ……うあっ!」
 ヴィディアは片腕でユインの胴を押さえつけ、一切の動きを封じる。そしてがっちりと抑えつけたユインを引き摺りながら、ヴィディアは歩くのだった。
「行くわよ! スザンちゃん、あんさんも仲介役として来なさい!」
「待ってください、なんで僕まで?!」
「吟遊詩人なんやさかい、場を和ませる話術の一つや二つくらい」
「それは吟遊詩人に対する偏見ですよ!」
「いいから二人とも、ついてくるんや!」
 そうしてまた、スザンはワケの分からないことに次々と巻き込まれていくのであった。