ウォーター・アンダー・
ザ・ブリッジ

ep.15 - +++

『キミア。お前はどうして、私の邪魔をするのですか?』
 世界のどこかの暗い場所。銀色の糸車を回しながら、碧く長い髪を靡かせる女神はそう呟く。透明な糸を白く細い指先で紡ぎ、目に見えぬ糸球を彼女は大きくしていく。すると彼女の肩に、一羽の黒いカラスが留まる。嗄れた低い声でガァーガァーと鳴きながら、カラスは女神にこう告げた。
『お前ェさんに悪いようにはしねぇさ、アリアンフロド。お前ェさんはいつも通り、ずーっと時間を回していればいいのヨ。いつものように車輪を回し、時間を()ってェ、歴史を紡げばいいさね。それからいつものように、時間を縒る手を止めて、歴史に終わりを与え、糸球を完成させればいいのヨ。そンでまた、新たな糸球を作り始めればいいサ。ケケッ』
 カラスの名前は、キミア。繰り返される予定調和に終わりを与える者であり、絶対の運命を否定し、無限の可能性を肯定する存在である。そして女神の名前は、アリアンフロド。繰り返される世界を予定調和に導く者であり、絶対の運命を肯定し、無限の可能性を否定する存在である。
 簡単に言えば、彼らは対になる者同士。そして“元老院”の下に存在する、全ての神々の頂点に君臨する者。低位、中位、上位、高位と並ぶピラミッドの中で、最も高い“高位”の位相に立つ二柱だ。
『悪いようにはしない? 私から私の灰色狼を奪い、上位の神であるカリスに与えておきながら、よくもそのような言葉を。黒と白のふたつに分かたれたあの子たちが、この世界をかき乱して遊んでいるというのに、その悪戯に目をつぶり、あわよくばこの世界を終わらせようとしているだなんて、なんて酷いことを』
 そして彼らの仲が悪いのは、言うまでもない。全てが対照的になるよう創られた存在である以上、相容れることはないのだ。
『アリアンフロド。お前ェさんは、この仕事が詰まらねぇとは思わねェのかェ? 延々と、同じ宇宙を繰り返してヨ。ン千、ン万、もう数えンのも嫌になるくらい、同じもんを繰り返して繰り返して……――(おい)ちん、いい加減に見飽きたってもんヨ。だぁーからヨ、ここいらで違う歴史を見てみたくなったンさね。ついでに黒狼ジェドは、この世界をぶっ壊してェと息巻いてっからヨ。それも面白ェと思って、ヤツに手ェ貸してるまでヨ。ケケッ』
『そのような横暴、元老院に許されるはずがない』
『そうだろうヨォ。現に元老院は、俺ちんを全力でぶっ潰しに掛かっている。連中、必死だゼ? ある者はエズラ・ホフマンってェ名前で人間に成りすまして、あのテこのテで俺ちんの計画を邪魔しに掛かってるサ』
 険悪な雰囲気の漂うその場。しかしカラスの姿を騙る神キミアは、のらりくらりとしたものだ。
『だがヨ、あいつらは間抜けチャン揃いヨ。ケケッ。俺ちんの共謀者である黒狼ジェドを、計画を妨害する道具として送ってきてんのサ。お陰様で、連中の次の一手にゃ俺ちんに筒抜けヨ。余裕のヨっちんだゼ』
『……キミア、お前という者は、なんということを……!』
『ケケッ。いつまでも同じことの繰り返しだと詰まンねぇだろ? 時には全く新しい、別のものが見てみたいと、お前ェさんは思わねェのかェ?』
『キミア。お前のその暴挙により、この世界が終わったとしたら、お前はどう責任を取るつもりなのだ』
『世界が終わったら? そン時にゃァそン時ヨ』
 銀色の車輪は回る。時は流れて、世界も回る。何かが生まれて育ち、栄えては枯れていく。ものを、場所を変えて、永劫回帰の(ことわり)は繰り返される。
 理の外にいる、理を動かす者たちを除いて。
『それもまた面白ェってもんだィ。ケケケッ』
 糸は紡がれる。歴史は記録される。同じ歴史を、何度も何度も紡いで記録する。そうしてできた同じような糸球は、アリアンフロドの足元に無数に広がり、アリアンフロドの背後に無数に並んでいる。際限がないかのように、同じものばかりが揃っていた。
『狭っこい宇宙の中で、生まれては死んでいく命を見ながら、お前ェさんは何も思わねぇのかェ?』
『何を思う? 何も思いませんが』
『終わりがあるからこそ、万物は美しい。そう思わねェのかェ?』


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